2022/12/13

米国eHealthジャーナル第78号

イヤホン型脳波計「mjn-SERAS」、てんかん発作を早期警告

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てんかん領域での各社の動向 ~ Empatica、ジョンズホプキンス、Seer Medical など ~

てんかん患者向けに脳波計測ウェアラブルデバイス「mjn-SERAS」を開発する、スペインのスタートアップ mjn-neuro社 (MJN NEUROSERVEIS, SL) は10月25日、中枢神経系のスペシャリティファーマ Neuraxpharm社 (Neuraxpharm Group) との、欧州地域における商業化契約の締結を発表した。

同種の医療機器としては、これまでにEmpatica社「embrace2」や、ジョンズ・ホプキンス大学医学部「EpiWatch」などが広く知られてきた。最近では、瑞爾唯康社(中国)の「Biovital」など新興の製品が次々と登場し、また、その利用シーンも救急部門でのトリアージや、ユーザの脳情報を読み取りデバイスを操作するブレイン・コンピュータ・インターフェイス(BCI)に適用されるなど、多様化している。

  
 (出典) mjn-neuro     (出典) Empatica        (出典) VIE STYLE

 

てんかんは決して珍しい病気ではなく、その有病率は人口1000人に対して4~9人、日本国内の患者数は約100万人と推定されている。アンメット・ニーズが残された疾病領域の一つとされ、臨床研究や商業化でデジタル技術の活用が期待される疾病領域でもある。

(出典) Shutterstock

 

本稿では、てんかん、ならびに周辺領域で新技術を開発し、医療ニーズ充足にチャレンジする各社の動きを概説する。

登場する企業一覧:mjn-neuro、Neuraxpharm、Empatica、Johns Hopkins、Epitel、Ceribell、SmartMonitor、Seer Medical、Biovital、VIE STYLE

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スペインのスタートアップ mjn-neuro社 (MJN NEUROSERVEIS, SL) が開発した以下のガジェットは、てんかん患者が装着する医療機器。外見こそ補聴器に似ているが、外耳道で脳波を計測する耳掛け型ウェアラブルデバイス「mjn-SERAS」である。

(出典:mjn-neuro)

耳型を採取してオーダーメイドで製作されたイヤーピース部(奥に見える透明のパーツ)には、外耳道で脳の電気的活動をリアルタイムに計測する電極センサーが埋め込まれている。手前のイヤーバッド部(黒色)に実装された、患者の疾患特性に合わせてカスタマイズされたAIアルゴリズムが、計測された脳波を処理してアプリにデータを送信する。

アプリ画面上には、発作リスクがLOW/MODERATE/HIGHに色分けして表示され、患者本人に注意を促すと同時に、家族や医療従事者、介護者など、事前に設定した連絡先に通知する。

(出典) mjn-neuro

異常な電気活動を特徴とする脳障害であるてんかんは、予測不能な発作を引き起こし、時には意識を失うことがある疾病だ。転倒や関連した怪我の原因となる他、発作がいつ襲いかかるか分からないという不確実性は患者の精神的健康に悪影響を及ぼし、うつ病や不安症など精神疾患が併存する割合も高く、患者の生活の質と社会的統合に深刻な悪影響を及ぼしている。

患者は「mjn-SERAS」を装着することで、発作の1~3分前には予兆に気付き易くなる。時間的な猶予が生まれることで、周囲に障害物の無い安全な場所に移動し、転倒して頭部を打ち付けることのないよう横になれる時間を提供し、不測の事故や重篤な怪我の防止に役立つ。また、QOLを改善することも関係者から高く評価されており、予見性を高めた患者は安心して日常生活を過ごせるようになる。


(出典:mjn-neuro)

 

10月25日、mjn-neuro社 が 中枢神経系のスペシャリティファーマ Neuraxpharm社 (Neuraxpharm Group) と、「mjn-SERAS」の欧州地域における商業化契約を締結したことが明らかとなった。
Neuraxpharm社は、てんかん管理アプリ「LepsiApp」を開発しており、抗てんかん薬 (BUCCOLAM (Midazolam) や Clonazepam(Clonazepam)、Ethosuximide (Ethosuximide) ) による薬剤治療に加え、患者向けにエンドツーエンドの製品群を強化している。てんかん患者の約3割は薬剤治療が奏功しない薬剤治療抵抗性てんかんであり、この提携は特に、その事故の防止を狙ったものとなる。いわゆる Beyond-the-pill 戦略の表れとなった形だ。


(出典) Neuraxpharm

製品価格は、€1,750 (約252,000円)と決して安くはない。しかし、難治性てんかん患者が抱える、身体的・精神的、社会的等、多次元での障害というアンメット・ニーズに対し、「mjn-SERAS」への期待は高まるばかりだ。
mjn-neuro社は、てんかん患者向け日記アプリ「Social-SERAS」も無料で提供しており、ユーザが蓄積した日常生活と発作の関連性をビッグデータ解析に供して、新薬や治療法の開発が前進する可能性も生まれる。
「mjn-SERAS」は2020年に欧州 CE マークを取得しており、現在実施中の臨床試験は23年後半にも結果が発表される予定である。

mjn-neuro社は収益の10%を研究開発費に投じ、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病、統合失調症、双極性障害、睡眠時無呼吸症候群、多発性硬化症、麻酔など、他の疾病や臨床向けの技術を開発して行く計画を発表しており、重点領域が重なる両社の提携から生まれるシナジーが予想される。

 

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デジタル化の波を受けて拡大し続ける、てんかんモニタリング用医療機器市場

ここで、てんかん領域のモニタリング機器の市場調査レポートを見てみよう。市場調査会社 MarketsandMarket によれば、「(同市場は) 2021年の48900万ドル(約670億円)から、2026年の61500万ドル(約840億円)へ、CAGR(年平均成長率) 4.7% で成長し続けるものと予測されている。
Epilepsy Monitoring Devices Market by Product (Conventional & Wearable Devices, Standard EEG, Video EEG, Ambulatory EEG, EMG, MEG, Deep Brain Stimulation Devices) End User (Hospital, Neurology Centres, ASC, Home Care Settings) (2022 – 2026)
https://www.marketsandmarkets.com/Market-Reports/epilepsy-monitoring-devices-market-62758189.html
てんかんの発症率と有病率の高まり、ウェアラブルの使用の増加、通院の空白期間における継続的なモニタリング需要の高まり、リアルワールド・データの活用機運の高まりなどにより、同市場の成長が促進されていることは間違いない。

ここからは、具体的な個社の動向を見ていこう。

 

 ■ Empatica 

2011年創業のボストン拠点を拠点とする Empatica社 (Empatica Inc.) は、腕時計型ウェアラブル機器「Embrace2」を初めて開発したことで知られている。発作から生じる発汗を皮膚電位で計測したり、内蔵された加速度計が発作による転倒を検知したりすると、事前にセットした介護者や家族に警告を送信する仕組みである。また、そのスタイリッシュな見た目から、負のイメージを感じさせない医療機器としても各所から高い評価を受けた。

2018年1月に成人患者、2019年1月には6歳以上の小児患者を対象として、FDAから認可を受け、本体価格($249)とサブスクリプションフィー(月額 $9.9 ~)で展開している。


(出典) Empatica


一方、Empatica社が開発する製品ポートフォリオは、新型コロナ禍を経て大きく拡張している。
まず一つ目の新製品が、脈拍数や脈拍変動、血中酸素飽和度(SpO2)、末梢皮膚温度、皮膚電気活動(EDA)、そして活動/休止を計測するアクチグラフィデータなど、生理学的データを手首から継続的に収集することができるセンサーを搭載したスマートウォッチ「EmbracePLUS」である。
デジタルバイオマーカーの開発やモニタリングを可能にする機械学習アルゴリズムを強みとしており、新型コロナ禍を受けて開発された呼吸器感染症の早期発症を検出するアプリ「empaticaARIA」で利用されることとなった。
二つ目は、フルスタックのリモートヘルスモニタリングソリューションならびにデータ収集ソリューションである「Empatica Health Monitoring Platform」である。在宅患者や分散型臨床試験患者が着用したEmbracePLUSで取得したデータを、教師アリ学習済みの機械学習アルゴリズムが1分間隔で分析し、クラウドのCare Portal経由で集中管理・統計分析する。既に数十のハイブリッドおよび分散型臨床試験で、世界各地で利用実績が報告されている。

Empatica社は10月20日、デジタル医薬品(Digital Medicine)の安全で有効かつ倫理的な利用を促進する非営利団体 DiMe (Digital Medicine Society) に加盟し、身体活動をデジタル測定するデジタルバイオマーカーのセットを開発するプロジェクトへの参画を発表した。デジタル手段を介して医療製品を承認できるよう、信頼に足るエンドポイントのライブラリを作成することを目標としている。

また、11月22日には、同製品がFDAから510(k)経路で認可を得たこと。また、製薬大手 SanofiのCVCである Sanofi Ventures らが主導するシリーズBラウンドで資金調達を実施したことを発表した。

(出典) Empatica

患者が在宅で参加する分散型臨床試験では、正確かつ効率的にバイオマーカーを取得する手段が成功の鍵を握る。Empatica社は、てんかん専業的なポジションから全般的なバイオマーカー取得・開発へと、正に新型コロナ禍後の時流に乗って事業戦略の重点をシフトしつつあるように見受けられる。

 

■ Johns Hopkins 「EpiWatch」

ジョンズ・ホプキンス大学医学部は2015年10月15日、Apple のオープンソースフレームワーク ResearchKit を利用して開発された、Apple Watchベースの研究用アプリ「EpiWatch」を発表した。


(出典) Johns Hopkins

てんかん患者は医師に発作を記録するように指示されるが、実際には意識を失ってしまうケースが多いために、現実的には対処が難しい場合が多いことがかねてより課題となってきた。
「EpiWatch」を装着した患者が発作の兆候を感じるとアプリを起動し、加速度センサーと心拍センサーが起動。発作の発症と持続時間、生理学的データをリアルタイムで正確に記録することで、発症履歴と投薬の相関関係や発作の予測因子などを探求し得る基礎ができた。

その後、開発が中止されたのではないかとの予測も一部から聞かれたが、EpiWatch, Inc. 社としてスピンアウトし、本年4月7日には資金調達を実施。臨床試験を実施していく計画も明らかとなった。
各社の製品開発や臨床試験が先行する中で出遅れた感も否めないが、全米一の医療レベルを誇るジョンズ・ホプキンスが主導するイニシアチブであるが故、新しいニュースで何か驚かせてくれることを期待したい。

 

■ Epitel

救急部門や集中治療室を利用者に、48時間継続的に発作の監視が可能なワイヤレス型EEGウェアラブル「REMI」を開発する、ユタ州ソルトレイクシティの Epitel社 (Epitel, Inc.) は2月16日、シリーズAラウンドで1250万ドル (約17.1億円) の資金調達を発表した。
「REMI」は2021年にFDAから認可を受けているが、同ラウンドを経て製品パイプラインを拡張し、院外利用にも適用を広げていく意向を示した。

(出典) Epitel

 

■ Ceribell 

Point-of-Care EEG を標榜する、サニーベール拠点の Ceribell社 (Ceribell, Inc.) は、EEGデータを機械学習アルゴリズムと組み合わせ、ベッドサイドで迅速な臨床的回答を得られるという「Ceribell Instant Eeg Headband」を開発しており、2021年8月30日、510(k)経路で認可されている。

本年9月22日には、シリーズCラウンドの追加で、5000万ドル(約68.5億円)の資金調達を実施し、救急部門と集中治療室をユーザに患者の神経学的ケア改善を目指し、商業化を推進していく計画を発表した。


(出典) Ceribell

 

■ SmartMonitor

サンノゼ拠点の SmartMonitor社 (Smart Monitor Corp.) が開発するアプリ「Inspyre」は、スマートウォッチでイベントとなるけいれん発作を検出次第、アラートメッセージを送信する。
また、発作の発生日時やGPSの位置情報に加え、異常な運動イベントの動作パターン、持続時間、強度、そして発作最中の心拍数を記録し、投薬のリマインダー機能も備えている。

これまでに、スタンフォード大学などで6件超の臨床試験を複数実施しているが、現時点では、FDAの認可は取得していない。
月額9.95ドル(約1,400円)~ のサブスクリプション型課金モデルで提供される。

(出典) SmartMonitor

 

■ Seer Medical

 

一見風変わりなデバイスを提供するのは、オーストラリアを拠点とする、2017年創業のスタートアップ Seer Medical社 (Seer Medical Pty Ltd)。自宅で長期間モニタリングを強いられている患者に対し、肩に装着するタイプのウェアラブルデバイス「Seer Sense」から、電極を頭蓋骨と胸部に接続して、脳(EEG)と心臓(ECG)の両信号を記録するもの。

(出典) Seer Medical

更に、神経学的状態の正確な診断を支援すべく、従来は院内限定で行っていた動画による撮影記録を、在宅でも実施し、包括的なレビューを医師に提供する。
有資格の医師がデータをレビューして注釈を付けた後、紹介元の医師向けにレポートを作成する。

この提供モデルでは、患者が入院を強いられることなく、医師が神経障害を正確に診断および監視することができるようになり、特に神経学的ヘルスケアリソースへのアクセスが限られている地域に、影響を与える可能性がある。

Seer社は9月27日、「Seer Home」のFDA認可を発表しており、メイヨークリニックはじめ米国の病院ネットワークなど、潜在的なパートナーとの提携を継続していく意向である。

 

■ Biovital

一部報道によれば、中国の瑞爾唯康 (WECARE MEDICAL) が腕時計型ウェアラブル「Biovital」を開発している。
※ 詳細は、本稿の出典より、「36Kr Japan」の記事をご参照ください。

 

■ VIE STYLE

編集部が最も注目している技術的事例は、本邦のスタートアップ VIE STYLE株式会社 (ヴィースタイル) だ。
「mjn-SERAS」と同じようなイヤホン型脳波計「VIE ZONE (ヴィーゾーン)」の実用化を、NTTデータ経営研究所と共同研究し、外耳道に挿入したイヤーチップの電極から頭皮上脳波を再構成・推定する技術を開発している。
てんかんこそ適用としていないが、提携するパートナー各社と新たなニュースを次々と発表している。

紙面の都合上、本稿ではここに例示した各製品の詳細を掘り下げないが、これ以降も、本ジャーナルの重点領域の一つとして、てんかんに取り組む各社発表を、随時紹介していきたい。

(了)


本記事は以下の公式発表を翻訳要約し、適宜解説を加えたものである。


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