2022/07/14
臨床医が解説するアジアのヘルステック(第5回)
AI搭載のポータブル上肢リハビリテーションロボット、「H-MAN」【前編】
医療コミュニケーション支援, 臨床医, 医療機器, AI技術, 筋骨格系, 非医療機器(非該当), シンガポール
Articares社による、分散型医療に向けた開発
世界保健機関によると、リハビリテーションとは、「環境との相互作用の中でみられる個々の健康状態において、その機能を改善させ、障害の程度を減らすように意図された一連の介入」と定義される。世界中で約3人に1人はリハビリテーションの恩恵を受けると言われており、その数は24億人と推計されている。リハビリテーションを要する主要な病態は、慢性腰痛を含む筋骨格系の障害、視覚や聴力障害を含む感覚系の障害、脳卒中を含む神経学系の障害の順に多い。しかし、その需要と供給はアンバランスであると言われており、低・中所得国においては、リハビリテーションを必要とする人の半数以上が、その恩恵を受けられていないという。さらには、近年の新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、リハビリテーションを受ける機会がさらに減少していると考えられている。このような背景からも、リハビリテーションへのアクセス向上、医療コスト削減などは、現代における重要な課題である。
従来、リハビリテーションを含む運動機能の研究は、神経生理学や認知科学、バイオメカニクスなどの領域で行われていた。一方、近年ではロボット工学の技術を取り入れた科学者が参入するようになり、リハビリテーション領域におけるデジタルツールの開発が進んでいる。とりわけ、コロナ禍のために病院受診が困難となった患者に対して、機械を貸し出すことで自宅にいながらリハビリテーションを継続できることに加え、そのデータを病院で中央集約化できるというデジタルツール一般のメリットもある。
シンガポールのスタートアップであるArticares Pte Ltd (以下、Articares) は、脳卒中に伴う上肢の機能低下に対する治療機器として、人工知能(AI)を搭載したリハビリテーションロボットである、「H-MAN」を開発した。脳卒中患者の70%に運動機能低下が起こると言われているが、一般に下肢に比べて上肢の機能回復のほうが困難と言われている。「H-MAN」は、患者が機械ロボットのスティックを操作しながら、画面に映し出された様々なエクサゲーム(体を動かすゲーム)のシナリオに取り組み、遊びながら、ゲーム環境を通して上肢のリハビリを可能にするものである。これらの操作を通して、臨床的に効果が証明されている、集中的な個別トレーニングプランより、患者は効果を得ることができる。しかも、持ち運び可能であるため、患者は自宅にいながらリハビリテーションを継続できる。「Care Platform」に組み込まれた遠隔リハビリテーション機能により、臨床医やセラピストは患者の進捗状況を確認しながら、患者に合わせたリハビリテーションのトレーニングプログラムを作成することができる。
2022年3月23日、中国の国家食品薬品監督管理局(日本の厚生労働省医薬食品局、米国のFDAに相当)が、「H-MAN」を上肢リハビリテーションのための機器として承認したことをArticaresが発表した。今後、中国という広大な市場規模で「H-MAN」が使用されることにより、大量のデータがAIにより学習されることで、臨床応用が急速に進むことも予想できる。
また、同社は、同年4月19日、デンマークに本拠地を置くLife Science Robotics ApS(以下、LSR)との戦略的パートナーシップを締結したことを発表した。LSRは、下肢のリハビリテーションに対するロボットの活用を推進している会社であり、Articaresの上肢リハビリテーションと合わせて、トータルケアを実現したい考えのようだ。
次回の記事では、「H-MAN」の具体的な臨床成績や今後の展望などについて、すでに報告されている論文を精読しながら紹介する。
(次回に続く)
【出典】
- World Health Organization(世界保健機関), “Rehabilitation” 10 Nov 2021, https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/rehabilitation
- Alarcos Cieza, PhD et al. “Global estimates of the need for rehabilitation based on the Global Burden of Disease study 2019: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2019” DOI:https://doi.org/10.1016/S0140-6736(20)32340-0, 01 Dec 2020, https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(20)32340-0/fulltext
- Articares ウェブサイト https://articares.com/
- Articares News “Articares announces China’s NMPA has approved the H-Man for upper limb neurorehabilitation training” 23 Mar 2022, https://articares.com/news-china-nmpa-approval-for-h-man/
- Articares News “Medical robot specialists Articares and Life Science Robotics ApS (LSR) announces their strategic partnership.” 19 Apr 2022, https://articares.com/news-articares-lsr-partnership
【Aevice Health】
Articaresは、ヨーロッパとアジアに複数のオフィスを持つ、国際的な医療機器メーカーです。質の高いリハビリテーションをすべての人の手の届くところに届けるという明確な使命を持っています。回復への道のりの全ステップを通して、医療従事者と患者をつなぐことで、この使命を実現します。先進的ロボット工学と人工知能を用いたソリューションによって、人々が生活の質を高め、日常生活に再び参加できるようにします。
Articaresのソリューションは、医療、ビジネス、エンジニアリングの各分野の専門家が結集し、共同で取り組んだ結果、誕生したものです。臨床研究によって検証されたArticaresの製品は、回復プロセスの全ステップを、人生を変える、実りある道のりとなるよう尽力するチームによって、利用を可能にしました。
同社は、シンガポールに本社を置き、オーストラリア、中国、ドイツ、イタリア、スイス、韓国、タイ、パキスタンにチームとパートナーがあります。
Articaresのソーシャルメディア:
この原稿の執筆に際し、掲載企業からの謝礼は受けとっていません。
本記事に掲載されている情報は、一般に公開されている情報をもとに各執筆者が作成したものです。これらの情報に基づいてなされた判断により生じたいかなる損害・不利益についても、当社は一切の責任を負いません。記事、写真、図表などの無断転載を禁じます。
Copyright © 2022 LSMIP事務局 / CM Plus Corporation
連載記事