2023/06/08
メンタルヘルス・精神科医療におけるデジタル技術の活用(第5回)
うつ病に対するデジタル技術の応用【前編】
画像技術, AI技術, 日本, 診断・検査・予測, 精神疾患, 患者データ・疾病リスク分析, 臨床医, 音声技術
AI技術を用いたうつ病症状定量化への取り組み
うつ病について
うつ病は、気分障害の一つで、気分や活動意欲、興味などの心理状態に影響を与え、深刻な苦痛をもたらす疾患の一つです。日本においては、1年間のうつ病発症率は約1.5%、生涯有病率は約15%とされており1)、患者数は年々増加傾向にあります。また、うつ病は日本の経済損失にも大きな影響を与えており、2009年の単年度で約2.7兆円の損失があると推計されています。2)
多彩な精神・身体症状を呈するうつ病ですが、主な症状には憂鬱な気分や情緒の不安定さ、無気力や興味の消失、睡眠障害、食欲や集中力の低下などがあります。これらの症状は、患者さんの日常生活に大きな影響を与えるのみならず、希死念慮(死にたいという気持ち)や自殺企図などの合併を招く可能性があります。実際、うつ病の患者さんのうち、約12.6%に希死念慮を認めるという海外での報告もあります。3)
うつ病の原因は、脳の神経科学的要因、遺伝的要因、心理的要因など複数の要因が関与していると考えられています。また、うつ病は男女ともに発症することが知られていますが、女性の生涯有病率は男性よりも高い一方で、自殺の既遂率は男性の方が高い傾向にあります。4)
治療法には、薬物治療や心理社会的治療などがあります。しかし、治療の効果には個人差があり、時に遷延することがあります。さらに、治療に必要なコストが多くかかることから、うつ病治療に取り組む患者さんの負担は大きいといえるでしょう。
うつ病診療にも課題が多く存在する中、デジタルヘルスケアとしてのうつ病治療の試みは、こうした課題に対する新たなアプローチを提供して、うつ病患者さんの生活の質を向上させることが期待されています。
AI技術を用いたうつ病症状の定量化
うつ病の診断基準はWHOが作成する国際疾病分類(ICD)や米国精神医学会により出版されている精神障害の診断・統計マニュアル(DSM)として存在しますが、これらをもとに実際には、典型的な患者さんとどういう点において類似しており、正常範囲をどの程度逸脱しているのかを、さまざまな視点から照らし合わせて診断や重症度の評価を行います。
それ故に現時点では、病態を鋭敏かつ正確に反映する生物学的指標が存在しません。生物学的指標が存在しないことにより、治療開始のタイミングや治療反応の判定が専門でない人々から見ると分かりにくいという問題が生じています。
このような問題に対して、客観的な診断分類や治療予後予測のツールとしてMRI等の脳画像が、うつ病の根底にある複雑なメカニズムを解明する手がかりとなる可能性が示唆されています。脳画像データを用いた解析に加えて、機械学習の技術を併用することで、うつ病の鑑別や予後の予測ができる生物学的指標の同定に大きく貢献するのではないかと考えられています。5)
うつ病に伴う症状の定量化については、体動・話速・反応時間・話し方・睡眠・皮膚温などの生体反応をデータとして検出し収集することで取り組まれています。
例えば、自動音声分析で得られたデータと転移学習の併用により、抑うつ状態の評価を行った報告があります。雑音を除けば、抑うつ状態の寛解期にあたるかどうかを健常者との比較で区別できる可能性が示唆されました。6) 非侵襲的であることのみならず、短時間の発話でも評価可能であることから時間のコスト効率が高いことが利点であり、有望な生物学的指標の一つとなるでしょう。
また、前頭葉の脳波検査や視線計測、ガルバニック皮膚反応(皮膚の電気伝導度)センサーという3つの異なるモダリティを使用した研究もあります。この研究では、マルチモーダル機械学習モデルがうつ病と健常者の鑑別において効果的に機能するかどうか、について検討されています。結果としては、3つのモダリティを組み合わせることで、全般的に高い精度かつ再現性が示唆されました。7) しかし、制限事項としては各モダリティを使用した測定には、費用が比較的高額にかかること、測定には専門職の支援を要することが挙げられます。このため、利用のしやすさをどう解決していくかは今後さらに議論が必要でしょう。
(次回へ続く)
【出典】
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