2023/02/16
精神医療とデジタルツールの可能性(第5回)
中年期以降における簡易認知機能評価スケール 『あたまの健康チェック®』 【後編】
臨床医, デジタルセラピューティクス, 患者データ・疾病リスク分析, 診断・検査・予測, テレヘルス, 日本, 医療コミュニケーション支援, 疾病管理・患者モニタリング
検査法の詳細と臨床研究・自治体における活用事例について
前記事では、早期からの認知機能評価ツールとして「あたまの健康チェック®」の概要をお伝えしたが、本記事ではその具体的な内容や、臨床研究等における活用事例を紹介していく。
「あたまの健康チェック®」では、主に3つのプロセスで認知機能を評価する。1) 1つ目は、前頭前野域の作業記憶を評価する10単語の即時再生、2つ目は決定能力を評価するアニマルテスト(3つの動物の中から最も異なると思う動物を選ぶ)、3つ目は海馬域における短期記憶を評価する最初の10単語の遅延再生である。この10単語想起は、ADAS-Cog*1の記憶評価課題であり、独自の統計解析技術により認知機能の状態を定量的に高精度評価できるとされている。さらに、反復検査時の学習効果を排除するために毎回違う単語セットが用いられたり、想起される単語の個数だけではなく、想起パターン変動や系列位置効果(serial position effect)と呼ばれる想起の仕方における偏りも考慮に入れた解析が行われている。結果は、性別、年齢、学習経験年数が自動ウエイトされ、MPI(Memory Performance Index)スコアと呼ばれる0-100の独自指数で提示され、これまで機能評価の難しかった予防の推奨される健常域~MCI域の対象群においても、認知機能の状態変化を経時的にわかりやすく観察できるようになっている。
当然のことながら、妥当性の評価も行われている。驚くべきことに、私たちが臨床的に用いているミニメンタルステート検査(MMSE)*2 や脳血流SPECT検査*3、頭部MRIの定量的解析(VSRAD)*4 による評価結果と比較された研究では、高い感度・特異度をもってその評価能力が確認されたのである。2) わずか10分の間に非医療職による検査実施でこれだけの結果を出せることは、特筆すべきであり、今後、医療の質を担保しつつ、医療職の働き方改革推進や検査運用効率の最適化を検討する上で、第一スクリーニング手段として有用である。また、認知症ではない人を対象とし、認知症の有無は確認することなく、予防活動のきっかけとなる「あたまの健康度」を測っているため、検査を受ける側の抵抗感が少ないという。これは臨床的にも実感することだが、認知症を疑う人に対して認知機能検査を実施することは、検査を受ける本人の尊厳を傷つけかねず、実際に検査を拒否される事例もある。高い精度で実施でき、予防活動の推奨を前提とした指標であり、かつ受診者の抵抗感が少ないことは、スクリーニングツールとしてとても重要な特徴である。
このような特徴を活かし、「あたまの健康チェック®」は様々な場面で応用されている。例えば、前記事でも触れたIROOP(Integrated Registry Of Orange Plan)である。このIROOPは、2015年に関係省庁が合同で策定した新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)のもと、認知症予防を目的とした認知機能検査も実施する健常者レジストリである。3) この研究は日本医療研究開発機構(AMED)*5 の認知症研究開発事業として、国立精神・神経医療研究センター(NCNP) *6 と国立長寿医療研究センター(NCGG) *7 が共同で行い、5年間分のデータを蓄積しており、現在は後継プロジェクトであるJ-TRC*8 へデータ統合されている。
対象者は40歳以上の健常者であり、全身状態やライフスタイルに関するアンケートに加えて年2回の「あたまの健康チェック®」を実施する。繰り返し検査を行うことが想定されているため、上述したような学習効果がないことが重要である。2019年には最終報告書が提出されており、MPIスコアを従属変数、各アンケート項目を独立変数とした重回帰分析により、「気分の落ち込み」「意欲の低下」が認知機能低下につながること、良質な睡眠が認知機能維持に寄与することなどが示されている。4)5)
また、各自治体での活用の動きも広がっている。
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